「パジャマの柔軟剤による接触性皮膚炎の1例」  長谷川クリニック 長谷川 浩
 
(はじめに)
 アレルギー疾患を診ていると、衣料品によるトラブルを日常的に経験する。
本報告のパジャマによる接触性皮膚炎は、比較的重篤であったため、本人および両親の同意を得て原因を検索することにした。
 小売りと販売元の関係者各位には快く多大な協力を頂いたが、その中で原因検索を困難にしている問題点が浮き彫りになった。
これらの問題点を整理し、医師の立場から衣料品に関連する業界関係者の方々に、被害実態への理解と改善の要望および提案をするものである。
 
患者:K.S 8歳 女性
(主訴)
 上肢の激しい炎症と屈曲困難
(既往歴)
 アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、アデノイド、蕁麻疹(塩化リゾチーム、市販の鶏唐揚げ、生卵や半熟卵による)
(家族歴)
 母と妹;アレルギー性鼻炎、 祖母(母方);糖尿病、日光湿疹、祖父母(父方)、祖父(母方);高血圧
(現病歴:初診まで)
 アトピー性皮膚炎が生後1か月に発症し、2歳以降は、特に冬と春に増悪する傾向にあった。
現在、大豆油、ごま油、パーム油、豚肉(飼料により反応性が異なる)と甘い物を控えることにより改善傾向にある。(鶏肉と卵は、4歳頃まで強く反応したが、現在は消失している)
 2003年11月19日、妹が入院することになり、患児は祖母宅に預けられた。
祖母が、大型スーパーで外国製パジャマ(綿100%)を買い洗濯できないまま着せたところ、着用初日の夜中からチクチクすると訴えていた。
21日、帰宅した母が上肢の発疹に気付き、近医を受診。
処方されたステロイド軟膏を患部に塗布した。
22日、温泉で一泊。
旅館の浴衣を着て眠ったが、皮疹は落ち着いてきていた。
その後、23〜25日には家で先のパジャマを着用し(26日に初めて洗濯) したが、徐々に悪化して、27日には両上肢がパンパンに腫れ上がり屈曲が困難となったため当院を初診した。
 
(初診時現症)
 両上肢の発赤腫脹熱感と掻痒が強く、前腕部を中心に大小の水泡を多数形成していた。
肘関節は、屈曲に疼痛を伴い制限されていた。
炎症の強い部位は、上腕中上部から手関節に限局されていた。
その他、大腿から足関節部まで、顔面、頚部、胸背部に軽い発赤疹と帽針頭大の小紅班が認められた。
 
(治療および経過)
 皮膚感染を併発していたため、最初は、強力なステロイド軟膏と抗生物質の内服で対処した。
治療開始2日後(29日)には、上肢の発赤腫脹熱感と掻痒が軽減し、肘関節の屈曲制限がなくなった。
下肢は、非ステロイド軟膏のみで対処していたが改善せず、小紅班と掻痒に変化がなかった。
 この時点で、パジャマの件に気付き、しばらく着用を控えるよう指示すると共に下肢も強力なステロイド軟膏に切り換えた。
治療5日後(12月3日)には、四肢の患部はほぼ色素沈着を残して治まった。
 しかし、衰弱し皮膚の過敏性が増したためか、ウエットティッシュで手を拭いた3〜4時間後に、接触部位である手背や指間に小水泡を伴う紅班が出現した。
さらに、患部では、以前には反応しなかった弱い刺激にも反応して小紅班が出現するようになった。(油物を食べた時などにも、以前より強く反応)
 このため、治療14日(12月12日)から現在まで、漢方薬と抗アレルギー剤を継続して服用している。
 
(検査結果)
2003年11月27日(初診時)
WBC 13700(neut 72%、eos 5%、mon 7%、lym 16%)、IgE 32、IgE(RAST) マラセチア3.16(クラス2)
皮膚培養;Staphyrococcus aureus (+)
 
◎パジャマについて
 後日、母親が販売店へ行き、ハンガーに掛けられていた同種同サイズのパジャマを手に取ったところ異臭を感じた。
偶然居合わせた友人も同様の見解であった。
そこで、売り場担当者に事情を説明し、内容物の調査を要請した。
 同店では、繊維業界関連のラボに調査を依頼しホルムアルデヒド濃度が20ppmなどの回答を得たが、検査に供したパジャマは、デザインとサイズが異っており、母親が臭いを嗅いだが当該品での異臭を感じなかった。
 
◎パッチテスト:接触性皮膚炎の原因を調べる方法としてパッチテストがあるが、激しい皮膚炎症状を再現する可能性がある。このことを両親に説明し同意を得た上で、同店を通じ輸入元に含有化学物質のサンプルを取り寄せるよう要請した。
○1回目(2004/2/18)(含有化学物質のサンプルが届く前に行ったプレテスト)
 ・成分検査に供した未洗いのパジャマ、および、・既に洗濯を繰り返した当該品(共に乾燥状態)と、ホルムアルデヒドおよび水で施行した。
(結果)
 ホルムアルデヒドおよび水のみが陽性。
試験用の台紙に反応している可能性があった。
○2回目(2004/4/3)(要請した成分のサンプルが到着し、各色素と柔軟剤について施行)
 1回目では試験用台紙に反応した可能性があるため、前回の検査で反応しなかった端切を重曹石鹸で洗い十分濯いで乾かした布を台紙の変わりとし、上からホルムアルデヒド、生理食塩水、乾いたまま、100倍に希釈した柔軟剤の4種でクローズドのパッチテストを施行した。
 染料については、送られた7種を原液のままオープンで行った。
濃度や希釈成分が不明のため、輸入取り扱いメーカーに事情を説明し早急に情報を提供して頂きたい旨を話したが、試験の前日にも回答がなかったため、やむを得ず験者に施行して非特異的刺激が強くないことを確認した。
  染料: CIBACRON P-T (スイス チバP型)
         SHANGHAIWANDE B型染料 (上海万徳B型)
  柔軟剤: SHIJIAZHUANGHUANCHENG LD-5030  (環城LDー5030)
  ホルムアルデヒド(パッチテスト用)は、鳥居薬品工業のものを使用した。
(結果)
 患児は、2、3、7日共、柔軟剤については陽性。
2日目に最も強いが7日目にも認められた。ホルムアルデヒドおよび染料では反応がなかった。
 
(考察)
○アトピー性皮膚炎と接触因子について
 アトピー性皮膚炎は、体内外の様々な要因が積み重なり影響しあって発症し、こじれて行くが、何がどの程度の強さで反応するかは個人差が大きい。
その中で接触因子も重要な要因となる。
たとえば、直接肌に触れる肌着は、経験的に刺激の少ない綿100%などの素材が選択されている。
また、洗濯後微量に残存する洗濯洗剤や柔軟剤で皮膚炎が悪化する例も多く、洗濯石鹸が志向されるが、石鹸での増悪例もある。
さらに、新品をそのまま着用すると皮膚炎が悪化しやすいため、経験的に一度洗濯してから着用する傾向にある。
 一方、ほとんどの衣類は、抗菌剤など何らかの化学薬品で処理されているが、その内容を具体的に表示している製品は少ない。
プリントしていれば、染料は当然使われている。
綿100%としか表示されない衣類でも、ホルムアルデヒドや蛍光漂白剤ばかりでなく、糸切れや毛羽立ち防止や風合いを出す目的で界面活性剤や油剤が使われたり樹脂加工されたりすると聞いている。
これらの物質の何に反応するかは個々人で異なると推定されるが、表示を詳細にするなど情報公開を進めなければ原因を絞り込むことは困難である。
○本症例の原因について
 皮疹の分布、経過とパッチテストの結果から、パジャマに使われた柔軟剤(陽イオン系界面活性剤)に反応して、肘関節を屈曲できないほどの腫脹と水泡形成を伴う接触性皮膚炎をきたしたものと考えられる。
 柔軟剤の使用説明書に、「アミノ基変性シリコンエマルジョンは、弱陽イオン系界面活性剤であり5〜30g/mlの濃度で使用、肌触りにより濃度を調節して使う。
水溶性であるが、乾燥後、130〜180℃の短時間高温処置により耐洗濯性となり弾力性が増す。(水洗い、クリーニングに強く持続性がある)」と記載されていた。
患児着用と同種同サイズのパジャマを店舗で母親とその友人が感じた異臭を、サイズだけ異なる(一部デザインが異なるため気付いた)製品では母親が感じていないことから、ロット毎に処理のむらが大きいことが推定される。
この異臭が柔軟剤によるものだとすれば、使用量が多かったかソーピング不足かによって他のロットより残留物が多くなったことが推定される。
 販売元の担当者は、電話での相談で「20万〜30万枚出荷されている商品であるが、今まで一度もこのようなクレームが来なかったので大丈夫な商品だと考えていた」と語っていた。
 本症例では、最初に診察した医師はパジャマによる接触性皮膚炎を疑っていない。
もし、その後、すぐに洗濯していれば、柔軟剤の濃度が低下して今回ほどの被害は起きなかったかも知れない。
たまたま、残存量の多い商品が、洗濯されないまま繰り返し使用され、しかも、間に旅行という隔絶期間が生じたことと、激しい症状が接触部位のみに限局していたことで原因が鮮明となったものと考えられる。
 これまでクレームがなかったのは、被害が無かったからと考えるべきではない。
前医のように原因を考えない場合もあるし、仮に原因を推定したとしても、症状が軽ければ、軟膏処置と洗濯してから再使用するようにという医師の指示で終わることが多い。
医師も患者も日常茶飯事のことに詳しく原因を確かめようとして来なかったためと考えるのが妥当である。
○繊維業界に望むこと
 本症例のように、繊維製品に残存する微量の化学物質が危害を及ぼす例を意識して、使用する物質の検討や十分なソーピングに心掛けるとともに、速やかに原因を絞り込めるよう適切な表示をお願いしたい。
 また、母親の申し出に対して行われたパジャマ(繊維業界のラボで行われた異臭の少ないもの)の検査結果では、ホルムアルデヒドが20ppmであった。
ホルムアルデヒド濃度は、繊維業界の内部規定では2歳以上が75ppm以下であるが、厚労省他が定める空気中濃度は0.08ppm以下であり約1000倍の隔たりがある。
幸い、本症例はパッチテストの結果からホルムアルデヒドへの感作は成立していないようであるが、化学物質過敏症が増加している昨今、ホルムアルデヒドに対して感作の発端になることや既に感作されている人々への危害は当然あり、被害は今後益々増加して行くことが予想される。
 本症例の罹患部位や経過から、このパジャマによる接触性皮膚炎が起こったことは明らかであるが、このパジャマの説明書きには、着用前に洗濯するようにとは書かれていないし購入時点で説明も受けていない。
 近年、食品、化粧品や建築材料では、たくさんの成分の表示が義務づけられてきている。
また、製造物責任法(以下、PL法)により、建材や食品では販売者の責任が厳しく問われるようになった。
PL法が施行されて以来、建材を中心に化学物質等安全データシート(MSDS)は、小規模会社でも作成し求めに応じて速やかに提出できる体制にある。
建材のみならず、ロウソクやゴム手袋にもMSDSが作成されてきている。
今後は、繊維製品でもPL法により摘発されることが予想される。
MSDSは、原因を速やかに絞り込む上で有効な手段となっている。
さらには、そのような被害を最小限に停める予防手段としても活用できる。
そして、予防の第一歩は、被害実態の把握であり原因となる材料を知って使用の制限をしたり使用者に注意を喚起するなどの対策を講じることである。
 今回、原因究明のために、サンプルと情報をご提供下さった関係者の方々に心から感謝している。
しかし、対象が外国商品であったことと対応が営業担当者であったこともあり、サンプルの構成成分の有効な情報を得るのに長い時間と多大な労力を要した。
製品の開発や製造に関わっていなければ、適切な情報を提供するのは至難の業である。
業界に対して、今後、製品に使用される化学物質や処理行程を熟知した技術者や研究者が対応する相談体制を整え、医者との連携を円滑にして頂くようお願いしたい。
 パッチテストは、被検者の身体に対して直接行う in vivoの検査であるから、稀ではあるがアナフィラキシーショックなど命に関わる重篤な反応まで起こる可能性がある。
商品名だけではなく、主材や含有物の化学名(一般名)や濃度の提示がなければ、適切な検査(濃度や方法)や危険性を知ることはできない。
 今回は、詳細な情報が得られる前に試験せざるを得なかった。
そのため、検者自身が事前に被験者となり、刺激反応が大きくないことを確かめて患者の検査に臨んだ。
パッチテストは接着日、2、3、7日後と計4回の受診が必要となる。
患者との相談で期日を決めることになるが、できるだけ春休みを利用したいという要望だったため、止むを得ずこのような手段をとることにした。
 医師が長時間説明しても、内容を理解できる技術者が対応しなければ徒労に終わりかねない。
そこで、日常診療の中で適切に対応できるよう、技術者が対応する体制を整えて頂きたいのである。
 今回の原因となった柔軟剤以外にも、抗菌剤と表示があっても内容が記載されていない製品が目につく。
昨今の流行で多くの肌着が抗菌加工されており、その表示のないものを探すのが難しいほどである。
どのような物質で抗菌加工されているのか具体的な名称(できれば化学名)を書き加えて頂きたい。
さらに要望を述べさせて頂けるなら、アトピー性皮膚炎の患者では様々な物質に反応する場合があり、低刺激であるばかりでなく可能な限りシンプルな素材で作った商品を販売して頂くようお願いする。
 
(まとめ) 
 本試験の目的は、被害患者が再び同様の被害を受けないよう原因を明確にすることにあった。そして、本報告は皮膚の弱い人々が日常的に起こす衣類関係のトラブルについて業界関係者に理解を求めることも目的のひとつとした。
 今回は、風合いや糸切れを防ぐ目的で使われている柔軟剤が原因と考えられたが、抗菌剤や樹脂、蛍光漂白剤、染料など様々なものに反応して皮膚炎を悪化させる例があると考えられる。
 これまでは、表示がない中で、原因を確定するのに煩雑な手続きが必要であることから、原因を追及し賠償を求める所まで至っていない。
被害経験のあるものについては条件を広げて避けたり、購入した物はしっかり洗濯してから使うなどの自己防衛手段が講じられているのである。
しかし、今後は、PL法の浸透に伴い、建築材料で出始めた製造者責任への追求が繊維製品にも及ぶことは必至であろう。
 また、被害にあった患者が、速やかに原因を確かめて対処法を知り商品の選択の幅を広げられれば、購買意欲が増して、患者ばかりでなく業界にとっても利点がある。
このような観点からも、トラブルの対応に技術者を当てる体制を検討して頂きたいのである。
 アレルギーは、個人差が最大の特徴であり、反応する物質は千差万別で反応の強さも人により体調により異なる。
しかし、多くは反応を弱める手段もある。
物によって異なるが、水洗いで良いもの、洗剤でしっかり落とすべき物もあるだろう。
商品として店頭に並ぶ前に適切な処置を望むが、最低限、肌の弱い人達へのメッセージは記載して頂きたい。
そのメッセージを適切なものにするためにも、何がどの程度の被害をもたらしているか実態を把握することは必須である。
その最初のステップは表示の徹底に他ならない。
そして、トラブルに対して速やかに原因を確定できる体制であろう。
 最も好ましいことは、被害を未然に防ぐことである。
以上のステップを経て早く予防へと進めて頂きたい。
そのことを関係各位にお願いすることが、この報告書を作成した最大の目的である。
 
 最後に、本報告書を作成するに当たり、御協力頂きました患者さんとご家族、サンプルと資料の提供にご協力下さった業界関係者の方々、快くご相談に応じて頂きました国立医薬品食品衛生研究所・療品部第2室の鹿庭 正昭 室長に深謝いたします。
 また、著者は、繊維製品の製造や流通に素人のため、これらの提案は非現実的ではないかと躊躇しましたが、医師の立場から生の声をぶつけたほうが良いという鹿庭氏のご意見に従いました。
敢えて提案にまで踏み込ましたのは、今後の話し合いでの叩き台として頂ければと考えたためです。
 その他にも配慮に欠ける失礼があるかと存じますが、どうぞご指摘とご容赦を下さいますようお願い致します。